2009年10月28日

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1907年に起こった金融危機

2007年に起こったサブプライム金融危機と似たような事が1907年に起きていたことは、あまり知られていません。


1907年に米国から始まった金融危機と当時の米政府がまだ中央銀行を持たない時代に、一人の銀行化が懸命にあらゆる手を打ち、市場を支えた事は知られていません。


JPモルガン商会を率いるピアポント・モルガン(当時70才)で、米国金融界において誰もが認める指導者的存在の人でした。


危機の要因となったのは、前年にサンフランシスコを襲った大地震と火災で、市内の焼く半分が完全破壊される大惨事でした。


そして、翌年10月、ある信託銀行の破綻懸念がきっかけで「取り付け騒動」が燎原の火のように広がっていきました。


流動性資金は枯渇し、モルガンの率いるチームがそのたびに知恵を出し合い、政府と協力しながら解決に結びつけていきました。


ある時は、ニューヨーク市そのものが財政破綻の直前まで行きますが、危うく難を乗り越えました。

いたちごっこの戦いの中で、ようやく国民の金融不安が収まりました。


こうした時に確たるリーダーシップと的確な対応策がいかに大事かわかります。

結局、この危機をきっかけに米国政府は通貨量を管理するための中央銀行としてFRB(連邦準備制度理事会)を発足させました。


それでいて、今回のサブプライム危機をもたらしたのは、金融システムの複雑化により情報の透明性が失われ、正確な情報が得られにくくなった結果でした。


100年前の危機と現在の危機の似通った構造が、過去の教訓として新しい視点で捉えていけば、これからの道しるべになると思う。
posted by venus at 09:44 | 1907年の金融危機 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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